きしめんの雑記

個人日記

断捨離について

部屋を綺麗にしたい衝動が強くなってきた。

こう書くと物凄く部屋が汚い人のようだが、そんなことはないはずだ。

床に物が散乱しているわけではなく、必要最低限の家具しか置いていない。

むしろどちらかと言うと綺麗な方だ、と自分では思っている。

この必要最低限の家具一つ一つが大きく、圧迫感があるのが良くないのだろう。

 

物を捨てる、という行為にはストレス解消の一面があると思う。

物を買うこともストレス解消になるのだが、それとはまた性質の違うものだ。

自分の所有物を捨てる、手放すことで得られる開放感が無性に欲しくなる瞬間がある。

ちょうど今がその時期なのだ。

だが家具を手放すことは難しい。

部屋のスペースの大半を占めるテレビ、ソファは数少ない趣味である映画鑑賞のために、まだまだ頑張ってもらわないといけない。

なので、代わりに押し入れで最近活躍できていない服、小物を手放すこととした。

ただ捨てるだけでは勿体無いので、フリマアプリを初め、試しに幾つか出品してみた。

 

先日、初めて商品が売れた。

大学時代に着ていたTシャツだ。

当時は気に入っていたのだが、感覚が変わってきたのだろう、歳を重ねるにつれ着る機会が無くなり、押し入れで大人しくしていた物だ。

自分にとっては不要になった物でも、誰かに使って貰える、必要として貰えるのは嬉しいことだ。

私は擦り切れるまで着ることができなかったが、どうか次の所有者様には大事に何度でも使ってもらえらといいな、と切に願う。

睡眠について

昨年の下半期は早期覚醒が多発していた。

平日休日に関わらず、5時過ぎに目が覚めてしまう。

前日就寝時間が遅く、睡眠時間が短くても決まってだ。

心因的なものだったのだろう、最近は心の落ち着きと共に遅くまで眠れるようになった。

だが睡眠時間が長くなるすなわち、一日の活動できる時間が短くなるということだ。

時間が足りなくなるほど何かに熱中しているわけではない、むしろ時間を持て余している方だが、元々持っていたものを失うとなると損した気分になってしまう。

 

昨年色々あったことに気を遣ってくれているのか、友人が度々休日の誘いをくれる。

非常にありがたい話だ。

車を出して買い物、食事、アウトドアなどに連れて行ってくれる。

遠出する場合2〜3時間乗るのだが、睡眠が問題となってくる。

助手席に乗りアスファルトの凹凸に揺られていると、途端に眠くなってくるのだ。

 

私は幼い頃から乗り物酔いが酷かった。

バスやタクシーは勿論、電車もダメだった。

三半規管が極端に弱いのだろう、マット運動の前転一回で吐き気を催すほどだった。

乗り物の中では、気持ち悪さを抑えるため即座に入眠するよう意識していた。

大人になり、自分で車を運転するようになり、乗り物酔いはかなり改善された。

船以外は大体なんとかなるようになった。

しかし入眠する癖は治らない。

乗り物の中では寝る、20年以上続けてきた習慣だ。

頭で意識せずとも体が自然と眠るようになっているのだ。

不思議なもので、道中何時間だろうがいくらでも眠ることができる。

飛行機でヨーロッパに行った際は、10時間以上ぐうすか眠り続けていた。

更に不思議なもので、どれだけ日中乗り物で眠ろうが、夜目が冴えて眠れないという事態には陥らない。

乗り物睡眠は別腹なのだろう。

 

人間は一生を通してどれだけ眠るのだろう。

心臓の鼓動回数が定められているように、睡眠時間にも限界があるのだろうか。

私は人生前半でかなりの時間を使ってしまった。

後半戦はかなりの節約生活を強いられそうだ。

ライブチケット抽選について

ライブの先行抽選に申し込んだ。

数年前からはまっている歌手であり、この度やっと重い腰を上げて決意した。

思えばライブやコンサートに行くのは8年ぶりくらいだろうか。

周囲がノリノリで飛び跳ねている中、肩身狭く大人しくしている、所謂地蔵であるため、なかなか決断できなかった。

だがここ最近、歌手への熱が高まり続けてついに天秤が傾いた。生歌が聴けるなら地蔵の恥などいくらでも晒してやろう。

 

所謂全国ツアーであり、数ヶ月かけて多くの都道府県を回ってくれる。

チケットの申し込みでは開催地、日程を選ぶのだが、必ずしも希望の条件が当たるとは限らない。

そのため、抽選確率を上げるためにはできるだけ多く申し込みをしなければならない。

ここで気になったのは、当たりすぎた場合どうなるのか、ということだ。

当選した中から希望の条件を選べれば良いのだが、恐らくそうではないのだろう。

当選したからには全額振り込みを要求されるはずだ。

という理由で当たらない場合、当たりすぎた場合をよく考え、2公演申し込んだ。

0か1か2か、結果が楽しみだ。

廃盤商品について

製造終了により、価格が高騰する商品がある。

映画が好きで、気に入った作品の物理メディアを集めているのだが、保有する中にも幾つかある。

金儲け目的で購入したわけではないが、知らず知らずのうちに価値が上がっていた。

ネル、ミッドナイトクロス、ダンスウィズウルブズなどがそうだ。

 

廃盤から数年経ち、需要があるとメーカーが権利を再取得し、再び販売される事例がある。

所感だが、劇場にてリバイバル上映された後にソフト化されることが多い気がする。昨年上映されたラースフォントリアー特集の作品は、絶賛ブルーレイ予約受付中だ。現在上映中のピーターグリーナウェイ作品も再ソフト化されるだろうか。

再販されると、基本的にプレミア価値は暴落する。

旧盤特有の吹き替え、特典映像がある場合、話は別だが。。。

 

プレミア価値は購入する場合も問題だ。

旧盤を高値で買うか、再販されるまで待つかの駆け引きが重要となる。

以前マネキンという映画のブルーレイが再販された。

もう少し値段が下がってから購入しよう、と寝かしていたら、すぐに再度廃盤になってしまった。

こうなってしまうとまた駆け引きのチャンスを待つしかない。

モチベーションについて

最近モチベーションがない。

仕事に対しても、プライベートに対しても。

平日も休日も、ただただ時間が過ぎるのを待っているだけだ。

 

もともと何かに対して強い欲があったわけではない。

ただ一つ、結婚し家庭を持つという願望はあった。

自分一人の人生に生きがいを見出せず、妻子を持つことで幸せになりたい、幸せにしてもらいたい、という逃げの姿勢に起因する願望だったのかもしれない。

そのような理由があれど、私にとっては立派な人生の目標だ。叶えるべく色々と努力してきたつもりだ。

しかし年末に振られて暫く経ち、そういう意欲も失せてしまった。ここ暫くは人付き合いも億劫になってしまっている。

良いか悪いか、将来に対する不安も消え失せた。朝起きた時、心が締め付けられるような、現状を脱したい、逃げ出したい感覚があったのだが、今は不思議と穏やかだ。この生活に満足しているのだろうか。

 

趣味の映画鑑賞にも身が入らない。コンテンツを一方的に消費することが惨めだからだ。何かを生み出すというか、クリエイティブなことをする必要があると感じている。そういった点では、週に一度このような文章を書き、投稿するという行為は一種の支えとなっているのだろう。見てくれている方がいるにせよいないにせよ、何かを創造していることに変わりはない。

 

このままではいけないと頭ではわかっているのだが、なかなか行動に移れない。

世の社会人はどのようにして人生のモチベーションを保っているのだろうか。

私のように週に一度のマクドナルドを生きがいにしている人間はいるのだろうか。あまりいて欲しくはない。

様々なことに臆することなく挑戦し、今の生活を変えていかなければいけない。

まずはマクドナルドをケンタッキーに変えるところから始めようか。

体調不良について

昨日から少し体調が悪い。

熱っぽい感じがして、節々が痛い。

腹痛の症状も出ているので、食あたりか何かだろうか。

 

一般的な感覚とはかけ離れていると思うが、体調不良に少し好感を持っている。

ただ様々な症状の全てが許容できるわけではない。

鼻詰まりや喉の痛みはお断りだ。

対象となるのは、微熱や倦怠感などだ。

自宅で過ごす分には身体に不便を感じず、思い立ったら本や映画を楽しめる状態。

日中寝てても許される、免罪符となる部分もポイントが高い。

夕方目が覚めて、母親が用意してくれた消化のいい晩飯を食べてまた布団に入る、懐かしい記憶も思い出される。

 

しかし社会人になった今、いつまでも床に伏しているわけにはいかない。食べていくためには早急に元気にならねばいけない、そういったプレッシャーを感じてしまうのは残念だ。体調不良を心から楽しむことはできないのだ。

 

この体調不良が一過性のものなのか、はたまた長引くのか、明日になってみないとわからない。

私に今できるのは、免罪符を使い惰眠を貪ることとエスタックを飲むことだけだ。

宅配ボックスについて

先日amazonで荷物を頼んだ。

宅配ボックスに荷物を入れて貰ったのだが、問題が発生してしまった。

不在票に記載の暗証番号で宅配ボックスのロックを解除できない。

宅配業者に確認したが、記載した番号で間違いない、という認識のようだ。

仮に間違っていた、と言われても正しい番号がわからなければどうしようもないのだが。。。

 

インターネットで調べたところ、下一桁の番号が一つずれている、などは良くある事例のようだ。

一縷の希望を抱き何度か試してみたが、全く開く気配はない。

そこでふと気づいてしまったのが、そもそも暗証番号は4桁、という固定観念を持つのは過ちなのではないか、ということだ。

好きな番号を押してロックする、というシステムなのだが、そこに桁数の縛りはない。

試してみたところ、一つの数字でも問題なくロックは作動した。

配達員の方の認識が間違ってないとすると、記載の4桁+押し間違いの幾つかの数字でロックされているのではないか、という仮説を立てることができた。

しかしこうなってしまったらお手上げだ。5桁以上の数の組み合わせを試していく気力はない。

諦めて荷物は封印することに。。。というわけではなく、後日業者に確認を取りマスターキーがあればそちらで開けてもらうこととした。

 

無事に荷物を受け取ることができればそれでいいのだが、心残りなのは、結局どの番号でロックされていたのかわからないことだ。

あの暗証番号は誰にも知られることなく、役目を果たすことなく消えていくのだ。

そう思うと少し悲しい気分になった。